
「ヒヤリハット報告を増やしたい」「事故防止の仕組みを整えたい」と考えながら、使える事例を探していませんか?報告書の例文から勉強会の教材まで、一度にそろえたい場面もあります。
この記事では、介護施設の現場を中心に、状況別の介護のヒヤリハット事例集と報告書の書き方、集めた事例を事故防止へ活かす進め方を解説します。
厚生労働省のガイドラインと運営基準を根拠に整理したため、明日からの報告書作成と次の勉強会で活用できる材料がそろうでしょう。
※本記事は2026年8月時点の情報をもとに作成しています。
介護のヒヤリハットとは
介護のヒヤリハットとは、介護事故には至らなかったものの、事故が起きそうになった出来事を指します。厚生労働省は令和7年11月に「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン」を公表し、ヒヤリハットを事故の未然防止に使う情報として位置づけました。
ここでは、介護事故との違いと現場で起きやすい原因を整理していきます。
介護事故との違い
介護事故とヒヤリハットの違いは、実際にけがや健康被害が生じたかどうかです。国の解釈通知は、事故には至らなかったが起きそうになった場合を「ヒヤリ・ハット事例」と呼び、放置すると事故に結びつく可能性が高いものとあわせて「介護事故等」と整理しています。
厚生労働省のガイドラインは、重大事故が1件起きる背景には数十件の小さな事故があり、さらにその先には事故寸前だった数百件のヒヤリハットが隠れていると説明しています。運営基準でも、体制整備の対象は実際に起きた事故だけではありません。
指定介護老人福祉施設の基準省令第35条第1項第2号は、事故に至る危険性がある事態が生じた場合も、報告と分析を通じた改善策の周知を求めています。
参考:指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準について|厚生労働省
起きやすい3つの原因
ヒヤリハットの原因は、大きく3つの視点に切り分けて整理します。厚生労働省のガイドラインも、報告様式は事実と推測を分けたうえで、要因別に検討できる作りを勧めています。
切り分けるときの観点は、次のとおりです。
- ご本人の心身の状態や行動
- 職員の手順と確認・人員配置
- 居室や通路など周囲の環境
さいたま市が公表した令和6年度の要因ごとの件数(複数回答)は、ご本人の要因が1,297件、介助者の要因が943件、環境の要因が299件でした。同じ集計で誤薬・落薬・与薬もれは、ご本人の要因が46件に対し介助者の要因が255件にのぼり、介助の手順そのものに原因が集中しています。
3つに切り分けると、見守りを増やす以外の対策も検討できます。原因の書き分けは報告書の様式にも反映しましょう。
参考:令和6年度介護保険事業者における事故報告集計・分析について|さいたま市
【状況別】介護のヒヤリハット事例集
さいたま市が公表した令和6年度の事故報告1,930件の内訳は、転倒が991件(51.3%)、転落が123件(6.4%)、誤薬・落薬・与薬もれが263件(13.6%)でした。発生場所は居室が1,057件(54.8%)と半数を超えています。
ここでは、報告件数が多い5つの場面ごとに実際の事例と対策を紹介します。
転倒・転落
認知症グループホームでは、夕食の準備中に転倒が起きています。要介護3の80代女性が椅子から立ち上がった際に机の脚へ引っかかり、左大腿骨転子部のひびで手術に至りました。
背景にあるのは、食事準備で職員の手が空かず動きを確認できていなかった状況と、机と壁の間が狭い通路です。施設は夕方に立ち上がりやすい傾向を記録から読み取り、通路の幅が広い席へ変更しました。
夜間のベッドからの転落も報告が多い事例です。介護老人保健施設では、降圧剤の変更当日に80代男性がベッド横で発見され、右上腕骨のひびが判明しました。薬の変更後3日間は夜間巡回を4回から6回へ増やし、高さを調節できるベッドに入れ替えています。
ただし、転倒には防ぐのが難しいものもあります。過度な防止策は身体拘束につながる危険があるため注意しましょう。
参考:介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン|厚生労働省
誤嚥・窒息
噛む力や飲み込む力に合わない食事は、ヒヤリハットの原因です。特別養護老人ホームでは、嚥下機能が低下した要介護4の80代女性にほかの利用者と同じきざみ食を出し、激しく咳き込みました。
原因は食形態だけではなく、体が前かがみになりすぎて首やのどが圧迫されていたことも重なっています。アセスメントも定期的に実施していませんでした。施設はリハビリテーション専門職の助言を受け、きざみ食を廃止しています。
食事中に誤嚥・窒息のリスクが高まる場面は、次のとおりです。
- 水分の少ない食材を出す
- 食べるペースが速い
- 前かがみになりすぎた座り方
きざみ食は口の中でばらけやすく気管にも入りやすいため、細かくしすぎない配慮も必要です。水分の少ない食材を出すときは、水やお茶を一緒に摂りながら食べてもらい、とろみの要否は多職種で判断しましょう。
誤薬
誤薬は、思い込みによるヒューマンエラーで起きやすい事故です。特別養護老人ホームでは、朝食後の配薬で看護職員が要介護4の90代男性に別の薬を渡し、ほかの利用者の対応をしている間に飲んでしまいました。
配薬と食事の下膳を同じ職員が並行し、夜勤と日勤の入れ替わりで服薬業務の担当者も決まっていなかったことが原因です。この事故を受けて、施設は服薬業務の専任担当を決め、その間はほかの業務に手をつけないルールを導入しました。
誤薬対策は、薬をトレーに用意する準備の段階と、利用者へ渡す配薬の段階に分けて考えると、それぞれに合った対策を立てやすくなります。名前と顔が一致しない新しい職員のミスを防ぐため、印字された名前を周囲に聞こえるように読み上げる方法も有効です。
配薬を終えても、飲み込んでいなければ与薬もれです。飲み込んだかどうかまで確認する手順を、マニュアルへ追加しておきましょう。
入浴介助
入浴の前後は衣服の着脱や移動が重なり、見守りが手薄になりやすい場面です。さいたま市の令和6年度の集計では、浴室での事故は47件で、うち12件が要介護5の利用者に集中していました。介助量が多い利用者ほど注意が必要な傾向は、令和5年度も同様です。
浴室内の事故だけでなく、脱衣所での異食も報告されています。介護老人保健施設では、入浴の準備を待つ間に認知症のある70代男性が脱衣所のキャビネットを開け、詰め替え用の浴槽洗剤を飲んでしまいました。病院へ搬送されて胃洗浄を受け、経過観察のため入院に至っています。
塩素系洗剤は高い位置に施錠して保管していましたが、使用頻度の高い浴槽洗剤を収納するキャビネットは施錠されておらず、誰でも手が届く状態でした。施設は詰め替え容器の保管場所にも鍵を付け、セーフティキャップ付きのボトルへ切り替えています。
移乗・移動介助
厚生労働省のガイドラインは、内出血と皮膚剥離を介護現場で最も頻発するけがに挙げています。移乗・移動介助は、原因を特定しにくいケースが多いものの、それ自体が要因になる場合もあり、ヒヤリハットの報告件数が最も多い種別です。
一般に高齢者の皮膚は硬く脆くなり、水分が少なく薄いため、わずかな力でも傷ついてしまいます。抗凝固薬や抗血小板薬を飲んでいる利用者は内出血が起こりやすく、職員は服薬状況の確認も必要です。
移乗介助の技術が足りず人力で無理な力を加えると、利用者の一点に力が集中し、けがにつながります。リフトや移乗支援機器は力のかかり方が均等なので、こうしたけがを防止できるでしょう。
ある特別養護老人ホームでは、移乗が必要な場所すべてに天井走行リフトを導入し、腰痛と移乗を要因とするけがの報告がなくなりました。
介護のヒヤリハット報告書の書き方
ヒヤリハット報告書は、事業所の中で気づきを共有し再発を防ぐための記録です。自治体へ提出する事故報告様式とは目的も提出先も異なるため、混同しないよう整理しておきましょう。
ここでは、書くときに迷いやすい3つのポイントを解説します。
5W1Hで漏れなく書く
報告書は「いつ・どこで・誰が・何を・どうして・どのように」の6つの要素をそろえると、読み手が状況を再現できます。5W1Hは実務で使われる整理の枠組みであり、法令が定めた必須項目ではありません。
厚生労働省のガイドラインが求めているのは、発生状況をわかりやすく時系列に沿って書ける様式です。事実と推測を分けたうえで利用者ご本人・職員・環境の要因別に検討できると、さらに効果的でしょう。
5W1Hに沿って書くと、時刻と場所、利用者の状態が把握できます。現場を知らない職員が読んでも状況をたどれるかどうかを、書き終えたあとの確認基準にしましょう。
事実と推測を書き分ける
報告書の信頼性を左右するのは、見たままの事実とあとから考えた推測を分けて書けているかどうかです。厚生労働省のガイドラインも、原因分析では事実と推測をはっきり分けるよう求めています。
たとえば「職員の不注意でブレーキがかかっていなかった」は、事実と評価が混ざった書き方です。見たままの事実は「車椅子のブレーキがかかっていなかった」で、分析で導いた推測が「移乗前の確認手順が抜けていた」となります。
また、夜間の転落は発見が事故のあとになるため、推測に頼る場面が増えます。推測の部分は「〜と考えられる」と語尾で区別し、事実の記述と混ぜずに書きましょう。
報告の目的は職員の責任追及ではなく、ケアの改善です。書き分けができていれば、別の職員が読み返したときも原因の検討をやり直せます。
記入例をもとに書く
厚生労働省のガイドラインは、記入要領や記入例を用意し、選択式の項目を増やして職員の負担を減らすよう勧めています。ガイドラインの事例整理で使われている項目は、発生時刻・発生場所・利用者の状態・事故状況・原因分析・再発防止策の6つです。
記入例は、次のように整理できます。
| 項目 | 記入例 |
|---|---|
| 発生時刻 | 17時40分ごろ |
| 発生場所 | 共用部(食堂横の通路) |
| 利用者の状態 | 左臀部の発赤と痛みの訴え |
| 事故状況 | 要介護3・80代女性が立ち上がり机の脚に接触 |
| 原因分析 | 通路幅が狭く見守りが手薄 |
| 再発防止策 | 通路幅の広い座席へ変更し重点的に見守る |
様式は施設ごとに違っても、記入例が1枚あれば新人でも書き出せます。委員会で使う様式に、記入例を添えて配りましょう。
参考:事故・ひやりはっと報告書(居宅サービス・介護予防・居宅介護支援等)※事業者用|東大阪市
介護事故を防ぐヒヤリハットの活かし方

報告を集めるだけでは事故は減りません。国の解釈通知は、報告の集計と分析から防止策の周知、効果の評価までの流れを施設に求めています。
ここでは、集めた事例を事故防止につなげる4つの取り組みを見ていきましょう。
事例を分析して対策を決める
分析では、報告書の内容から実行できる対策まで決めます。解釈通知が示す手順は、様式の整備・報告・集計と分析・防止策の検討・周知徹底・効果の評価の6段階です。
最後の効果の評価まで進めて初めて、対策が現場で回っているか確かめられます。ただし、すべての事案を深く掘り下げる必要はありません。繰り返し発生している事案と重大事故に発展する恐れが大きい事案に絞って、RCA(根本原因分析)まで踏み込みましょう。
ガイドラインでは、ベッドからの転落に対して「観察を頻回にする」とだけ決めても不安は変わらず、人員に限りがある中では実行しにくいと指摘しています。対策を考えるときは、原因が環境にあるなら備品や設備の見直しへ、職員全員に共通するなら手順書と研修へ、原因ごとに対象を分けて検討すると実行に移しやすくなるでしょう。
参考:介護保険施設等における事故報告に関する調査研究事業報告書|厚生労働省
報告した職員を評価する
事例が集まらない施設で見直したいのは、報告した職員の扱いです。厚生労働省のガイドラインは、報告を奨励し、報告した行為そのものを評価するよう明記しています。運営指導(旧・実地指導)のマニュアルにも、報告をためらう職員が多い施設には報告した方が評価される仕組み作りを指導すると書かれています。
報告を活性化させる観点は、次のとおりです。
- 報告の重要性を理念として示す
- 責任追及の場にしない
- 書きやすい様式にする
- 分析結果を現場へ返す
報告件数を目標に掲げる施設もありますが、件数が先に立つと書きやすさが後回しになります。まず責任追及をやめ、報告が改善につながった実例を朝礼や会議で返しましょう。
事例集を研修や勉強会で使う
集めた事例は、研修や勉強会の教材として使用できます。施設系サービスの解釈通知でも、指針に基づく研修プログラムを作り、年2回以上の開催と新規採用時の実施が重要だと示されています。実施内容の記録も必要です。
研修の進め方は、講義形式だけでなく職員参加型のワークショップも推奨されています。施設内の実事例を使うと自施設の課題として考えやすくなるためです。
進め方に迷ったら、KYT(危険予知訓練)の基礎4ラウンド法が参考になります。
- 潜んでいる危険を出し合う
- 危険のポイントを絞り込む
- 対策案を話し合う
- 重点実施項目を決める
5〜6名のグループで、報告書や見守り機器の写真を題材にすると議論が進むでしょう。地域の消防署と連携して窒息時の対応を学ぶ施設もあります。
関連記事:リスクアセスメントとは?簡単に解説|基本から具体例まで
運営指導を見据えて記録を残す
運営指導では、ヒヤリハットの仕組みが実際に機能しているかが確認されます。指定介護老人福祉施設の基準省令第35条では、指針の整備・報告と改善策の周知体制・委員会と研修の定期実施・担当者の設置の4点を求めています。
これらが義務となるのは、介護老人福祉施設・介護老人保健施設・介護医療院・地域密着型介護老人福祉施設入所者生活介護の4サービスです。訪問介護や通所介護、グループホームなどそれ以外のサービスでは、事故発生時の対応にとどまります。
基準を満たさない場合は、入所者全員につき1日5単位の安全管理体制未実施減算の対象です。外部研修を受けた担当者と安全対策部門を届け出ていれば、入所時に1回だけ安全対策体制加算20単位を算定できます。
残しておく記録は、ヒヤリハット報告書だけではありません。委員会の議事録や研修記録もあわせてそろえておきましょう。
関連記事:訪問介護の実地指導チェックリスト|よくある指摘3選と対策も解説
参考:令和3年度介護報酬改定における改定事項について|厚生労働省
介護のヒヤリハットでよくある質問
ヒヤリハットの取り組みを進めると、サービス種別による違いや役割分担で迷う場面が出てきます。制度に関わる部分は、運営基準と自治体の案内を確認しながら進めましょう。
最後に、現場から質問が出やすい2つの疑問にお答えします。
訪問介護でも同じ対策でいい?
転倒・誤嚥・誤薬といった場面の共通性は高く、報告書の書き方も在宅と施設で変わりません。事例そのものは、在宅の研修でも使える内容です。
一方、運営基準上の義務には違いがあります。指針の整備・委員会・研修・担当者の設置が確認項目になるのは施設系の4サービスで、訪問介護や通所介護では事故発生時の対応に限られる点が異なります。
実際に求められるのは、市町村やご家族・居宅介護支援事業者などへの連絡と、事故状況や処置の記録・損害賠償への対応です。訪問系は職員が一人で利用者宅へ向かうため、気づきが個人の中にとどまりやすい点に注意が必要です。義務の範囲は狭くても、報告と共有の仕組みは施設と同じように整えておくと安心でしょう。
参考:運営指導マニュアル別添・確認項目及び確認文書|厚生労働省
誰がヒヤリハット報告書を書く?
ヒヤリハット報告書は、発見者が一人で抱える書類ではありません。厚生労働省のガイドラインは、記憶が鮮明なうちに発見者を中心として、担当職員やリーダー、看護職員などの多職種で現場を検証するよう示しています。
解釈通知も、介護職員その他の従業者が事故等の発生ごとに状況や背景を記録し、様式に従って報告するよう定められています。報告の主体は特定の担当者ではなく、気づいた職員全員です。
原因分析と再発防止策の検討まで発見者一人に任せると、報告そのものが重荷になってしまいます。分析は施設管理者や委員会メンバーを中心に組織全体で進め、発見者には事実の記録を任せましょう。
まとめ
集めた介護のヒヤリハットは、事故に至らなかった気づきを集めて事故を防ぐための情報です。転倒・誤嚥・誤薬などの事例を利用者ご本人・職員・環境の要因に分けて整理すると、環境や手順の見直しまで対策の幅が広がります。
まずは手元の報告書を1件選び、事実と推測が分かれているかを確かめましょう。次に分析結果を現場へ返し、報告した職員を評価しましょう。この流れを作ると、報告は自然に集まっていきます。
介護のヒヤリハット事例集は、研修の教材にも運営指導で示す記録にもなります。今月の勉強会で1事例を取り上げるところから始めましょう。
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2022年に防災士の資格を取得、企業に対してBCP対策の支援。
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