
2024年4月より、特別養護老人ホーム(特養)を含むすべての介護施設・事業所にて、BCPの作成が義務化されます。しかし、施設の管理者や担当者の中には「どのように作ればよいのかわからない」と悩んでいる方も多いのではないでしょうか。
今回は特養のBCP作成に必要なポイントを、実際の作成ステップと一緒に紹介します。
この記事を読むことで、特養に特化したBCP作成のポイントを理解し、適切なBCPを作れるようになります。
特別養護老人ホーム(特養)におけるBCPの重要性
複数の種類がある介護施設・事業所の中で、特養におけるBCPにはどのような重要性を持っているのでしょうか。以下で詳細を見ていきましょう。
特養の役割とBCPの必要性
特養は主に寝たきりや認知症など、常に介護を必要とする利用者が入所する施設です。食事・排せつ・入浴といった手厚い介護サービスのほか、看護サービスも提供される生活の場で、終の棲家としての重要な役割を持っています。
多くの利用者は、スタッフによるサポートがないと日常生活さえ送れません。BCPによって災害や感染症などが起こったときも安全を確保し、適切なサービスを提供することで、利用者の生活と命を守れます。
BCPが利用者の生活に与える影響
たとえば、大規模地震や台風、大雨といった災害が起こった場合、ライフラインが遮断されるかもしれません。電気・ガス・水道が使えなくなると、食事や入浴、室温管理などに大きな影響を与えるでしょう。
また出勤できるスタッフの人数に制限が生じ、介護や看護サービスの手が足りなくなる可能性も考えられます。
ライフラインの遮断に備えて発電機やガスコンロ、飲み水などを準備したり、緊急事態時の勤務シフトをあらかじめ想定しておいたりすると、利用者への影響を最小限に抑えられます。
BCP対策を行う3つのメリット
BCPは企業が存続していくために必要な施策です。特養のBCP対策をおこなうことで以下3つのメリットを得られます。
- 入居者・職員の生命と事業を守ることができる
BCP策定・実施により、入居者や職員の生命と事業を保護することが可能となります。
- 税制優遇が受けられる
「業継続力強化計画の認定制度」による税制優遇を受けることができます。
参考:中小企業庁「中小企業防災・減災投資促進税制(特定事業継続力強化設備等の特別償却制度)の運用に係る実施要領」
- ワクチンの優先接種が受けられる
BCP対策を実施している介護事業者は、感染拡大時にワクチンの接種は優先的に受けることができます。
参考:「新型インフルエンザ等対策特別措置法(令和三年四月一日施行)」
特別養護老人ホーム(特養)のBCP作成の基本的な考え方
特養のBCP作成では、次で紹介する基本的な考え方を頭に入れておくとよいでしょう。
BCP作成の目的と特養の特性
BCPとはBusiness Continuity Planの略で、日本語では事業継続計画と呼ばれています。大災害・感染症・テロといった緊急事態が起きた際も、企業や組織の中核事業を継続、または早期復旧するために、方針や必要な手順をあらかじめ示したものです。
先で述べたように、特養は利用者にとっての生活の場であり、大災害や感染症のまん延などによる機能停止は命の危険に直結します。サポートを必要とする利用者が安心して暮らし続けられるように、適切なBCP作成が欠かせません。
参考:中小企業庁『1.1 BCP(事業継続計画)とは』
利用者への配慮を含むBCPの作成方法
特養におけるBCP作成で特に重要なのは、感染症対策です。高齢者は抵抗力が弱く、たとえば、新型コロナウイルス感染症に感染すると重症化するリスクが高まります。特養には多くの利用者が集まっており、集団感染の可能性もあるでしょう。
特養では医師の配置義務がありません。そのため、感染症が拡大した際の医療機関との連携やスタッフの確保のほか、提供するサービスに優先順位をつけておくことが大切です。
参考:厚生労働省『介護施設・事業所における新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン』
BCP作成に必要な5つのポイント
BCP作成では、主に次の5つのポイントがあります。
- 基本方針の決定
- 重要業務の特定
- リスク分析
- リスク対策の策定
- BCPの実行と評価
以下でそれぞれの詳細を見ていきましょう。
基本方針の決定
まずは施設ごとに、BCP作成の基本方針を決定します。一般的に基本方針とは運営・経営方針の先にあり、BCP作成の目的に該当するものです。
「利用者やスタッフの生活と命を守る」「生活と命に直結する業務を中心とし、その他の業務は縮小や休止する」など、それぞれに合った基本方針を決めましょう。
優先業務の選定
緊急事態が発生している中で、平常時の業務をすべて継続するのは困難です。そのため、施設ごとにどの業務を優先して続けるのか、復旧させるのかを適切に判断する必要があります。
BCP作成の段階で、中核となる優先業務を特定しておくとよいでしょう。
たとえば、食事や排泄などは生活や命の維持に不可欠のため、最優先で実施すべき介護業務です。また投薬や褥瘡の処置、吸引、経管栄養といった医療行為も外せません。
一方で離床や着替え、レクリエーションなどは相対的に優先度が下がり、スタッフの人数などに合わせて対応します。
参考:厚生労働省_介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続計画(BCP)作成のポイント
リスク分析
リスクとは、事業運営や継続を困難にさせる要素のことです。特養にとって最も危機的なリスクを分析することで、より効果的なBCPを作成できるでしょう。
地震や火事のほか、台風や集中豪雨といった風水害、新型コロナウイルス感染症をはじめとするさまざまな感染症などをピックアップします。発生確率と事業への影響度の2つから、対策を講じるべき優先度を決定しましょう。
リスク対策の策定
リスク分析によって優先度が決定したら、それぞれに即した対策を策定します。発生直後・発生当日・翌日~3日後・4日後以降など、期間に合わせて業務内容を設定するとスムーズです。
また具体的に誰がリーダーとなって指示を出すのか、指揮系統も明確にしておくとよいでしょう。
一つひとつの事態に対して細かく内容を決めておかないと、迅速な対応が難しくなります。
BCPの実行と評価
BCPは作成がゴールではありません。緊急事態の際に作成した内容に沿った行動ができないと、利用者やスタッフの生活と命は守れないでしょう。
また利用者の状況や施設の体制などは日々変化し、そのときどきに合わせてBCPの内容も変わってくるはずです。
作成したBCPは研修などでスタッフに周知させ、また実際に訓練の場を設けて実践するとよいでしょう。定期的に見直して評価し、さらに良いものになるよう改善を進めていきます。
特別養護老人ホーム(特養)のBCP作成のポイント
上記で紹介した内容を踏まえた、特養でBCPを作成するときのポイントとして次の4つが挙げられます。
- リスク評価の方法
- リスクに対する対策策定の手順
- BCPの実行と評価の手法
- BCPの見直しと改善の進め方
以下でそれぞれの詳細を解説します。
リスク評価の方法
まずはリスクを評価します。施設ごとに直面する可能性があるリスクを抽出し、それぞれがもたらす影響や発生確率を整理してください。
たとえば、大きな川の近くにある施設は、大雨による氾濫の影響を受けやすいでしょう。また感染症が発生した場合、多床室は個室と比べて感染者が増えやすい傾向にあります。
リスクに対する対策策定の手順
具体的なリスクが抽出できたら、それぞれに対する対策を策定します。以下は対策の一例です。
- 指揮系統や連絡体制を確立する
- 近隣居住や自動車通勤のスタッフを参集要員とする
- 非常用自家発電装置やカセットコンロ、カセットボンベを準備する
- 水と食料は、通常とは別に3日分以上を備蓄する
備蓄品はリスト化して管理し、定期的に補充しましょう。
BCPの実行と評価の手法
作成したBCPは、訓練などの機会を設けて実行してみましょう。計画通りに行動できるか、計画に問題がないかなどを評価します。
もし計画に問題が見つかれば、内容を細かく記録してください。見直しや改善をする際に役立ちます。
BCPの見直しと改善の進め方
最初から完璧なBCPを作る必要はありません。作成した後に見直しと改善をくり返すことで、より精度の高いものが完成します。
訓練や評価を通じて見つかった課題を深く分析し、新しい対策法などを盛り込みましょう。
平常時の対応
介護事業を中断させないためには、介護サービスを提供するにあたり必要な建物・設備、そしてライフラインを守ることが重要です。
①建物・設備の安全対策を実施
建物・設備の安全対策において以下3つの実施が重要です。
・人が常駐する場所における耐震措置を強化します。
・設備に対する耐震措置を行います。
・建物や設備が浸水する危険性を確認し、必要な対応策を文書化します。
② 電気が止まった際の対策
・災害時に稼働させる必要のある設備をリストアップします。
・「電力の確保策」と「電力の代替手段」に関する現状把握と、対応策の検討を実施し、記載します。
③ガスが止まった際の対策
災害時に稼働させる必要のある設備と代替策をリストアップします。
④水道が止まった際の対策
飲料水、生活用水に分けて、それぞれの「確保策」「削減策」をリストアップします。
⑤通信網の麻痺の対策
・災害時に施設内で利用可能な手段(携帯メールなど)について、利用可能台数やバッテリー容量、使用方法などの詳細を記載します。
・利用者の家族や職員、関係機関などとの緊急連絡網を整備します。
⑥システムが停止した場合の対策
・電力供給が停止した際や他の原因によりサーバーがダウンした場合の対処方法を記載します。
・浸水のリスクが考えられる場合には、サーバーの設置場所を検討します。
・データの損失に備えて、バックアップなどの対策を文書に記載します。
⑦衛生面の対策
「利用者」「職員」向けのトイレ対策や汚物の処理方法をリストアップします。
⑧必要品の備蓄
・災害時に必要な備品をリストアップし、計画的に備蓄します。
・行政の支援が開始される目安である被災後3日目まで、自己の力で業務を続けるための備蓄を行います。
・備蓄品には賞味期限や使用期限があるため、担当者を指定し定期的にメンテナンスを行い、リストを見直します。
⑨資金手当て
災害に備えた火災保険など経済的支援や緊急時に用意した現金などの資金について記載します。
緊急時の対応
職員の不足やライフラインの停止を踏まえ、重要業務を優先的に対処する方法が重要なポイントとなります。
① BCP発動基準を記載
地震の場合、水害の場合等に分けてBCPを発動する基準をリストアップします。
②行動基準を記載
災害発生時に職員個人の安否確認方法、参集基準、各種連絡先等の行動基準必要な事項をリストアップします。
③対応体制を記載
図表を用いて、対応体制や各班の役割を示し、代替者も検討し、あわせてリストアップします。
④対応拠点を記載
災害時に緊急時対応できる候補場所をリストアップします。
⑤ 安否確認方法を記載
利用者や職員の安否確認手段を複数検討し、リストアップします。
⑥ 職員の参集基準
発災時の職員が自動参集するようルールを作成し周知します。自宅が被災した場合など、参集が必要ない場合についても考慮してルールを決めてください。
・地図を利用して、徒歩で参集可能な職員の数を確認します。
⑦施設内外での避難場所・避難方法 を記載
地震、津波や水害などで避難するための施設内・施設外の場所をリストアップします。
⑧ 重要業務の継続
業務量の増加や災害時の特有業務に対応できるよう、通常時の優先業務と被害想定を考慮し、職員の出勤率と共に業務継続の計画を時系列で整理します。
⑨職員の管理
職員が過酷な状況で業務を続けることを想定し、職員の負担を軽減するために、休憩や宿泊場所の確保、利用者だけでなく職員も含めた備蓄など、職員への対策を講じます。
⑩復旧対応
施設の破損箇所を確認し、各種業者の連絡先リストを整備して、復旧作業がスムーズに進むようにします。
参考:厚生労働省_介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続計画(BCP)作成のポイント
特別養護老人ホーム(特養)のBCP策定【まとめ】
特養には常に介護を必要とする利用者が入所しており、災害や感染症によって通常業務が滞ると、生活に大きな支障をきたします。適切な方法でBCPを作成しておけば、必要なサービスを継続的に提供し、利用者やスタッフの生活と命を守れるでしょう。
施設ごとにリスクとなるものの度合いが異なるため、発生確率や影響の大きさなどから、対策するべき優先度を考えてください。
今回紹介したポイントやステップを参考にして、事業継続を実現するBCPを作成しましょう。
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証券会社勤務後、広告代理店兼防災用品メーカー勤務。経営管理部を立ち上げ、リスクマネジメント部を新たに新設し、社内BCP作成に従事。個人情報保護、広報(メディア対応)、情報システムのマネジメント担当。NPO事業継続推進機構関西支部(事業継続管理者)。レジリエンス認証の取得、更新を経験。レジリエンス認証「社会貢献」の取得まで行う。レジリエンスアワードとBCAOアワードの表彰を受ける。現在では、中小企業向けBCP策定コンサルティング事業部を立ち上げ、コーディネーターとして参画。