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介護事業者のBCP策定シリーズ【第1章】 実践から読み取るBCP策定の心得

山口 泰信

山口 泰信

自分の命も諦めないこと

あなたの働く介護事業所で、食事をしている最中に火災が発生したとします。あなたはまず、動ける利用者様を避難誘導します。次に動けない方を車椅子に乗せて安全な場所に移動させ、次は背負って、何度も往復して避難させます。

残りは、一番奥の居室にいた車椅子の82歳の女性だけになりました。しかし、黒煙はもうもうと立ち込め、自分か車椅子の女性か、どちらか一人しか助からない。そんな状況に陥ってしまった場合、あなたならどうするでしょう。

車椅子の方を窓から逃がして自分が残る、ドラマではそういうシーンをよく見ます。でも現実にはそんなことはありえなくて、ほとんどの場合は死んでしまいます。上のようなケースだと、絶対に逃げた方がいいです。もちろん、両者共に助かる道が一番ですが、自分の命を諦める、ということがあってはいけません。

そして、そもそもそういった事態を未然に防ぐためにも、BCPマニュアルの策定をしっかりとしておくべきなのです。緊急時では、少しの判断の遅れや迷いで、最悪な状況になってしまうことがあります。だからまず、私の講座では社訓を作ってもらう事を大切にしています。

緊急時に、会議や確認をしている暇などもちろんありません。だからこそ、平常時に何を優先するのかをきちんと決めて、動けるようにしておく。BCPにおいても同じです。ただ方針を作るのではなく、しっかりとマニュアルに落とし込み、緊急時に対応できるように訓練を重ねておくことが大事です。

なぜ自分だけは大丈夫だと思うのか?

「正常性バイアス」という心理用語があります。平たく言ってしまえば、緊急時などで「自分たちは大丈夫だろう」と思ってしまう、正常の範囲だろうと認識してしまう心の動きです。

人間にとって大事な機能でもあり、「正常性バイアス」がなければ、四六時中ビクビクしていなければなりません。正常性バイアスが働くことで、右往左往しなくていいとも言えるでしょう。しかし、どこかの状態で「これは正常じゃなくて異常だ!」と気付かないといけないことも事実です。正常性バイアスは、人が多ければ多いほど機能しますから、そのせいで避難が遅れ、事態が悪化していくケースも多くあります。

では、災害において、人はどの段階で「異常」に気付くのでしょうか。

例えば、台風の場合だと、一つめの異常だと気付くポイントは「停電」です。電気が付かない、という異常事態。その次に「浸水」ですね。家の中が浸水してしまったり、目の前が川だと移動が困難になったり。一番最初に正常性バイアスを打ち壊して、異常であると気付かせてくれるのは「停電」なんです。

大阪府北部地震(2018年)では、停電になったエリアと、なっていないエリアがありました。停電そのものは津波でも洪水でもなく、直接的な被害は出ません。結果として、停電箇所も少なく、復旧も早かったんですが、停電中は「いつまで続くんだろう」という不安が付き纏います。

正解はいつだって分かりません。周りに流されることなく、自分の五感を信じて判断するようにしましょう。そして、少しでも「異常」を感じたら、その場から一旦離れて、俯瞰で見ることも大切です。例えば、もし地下で災害に遭ったら、一旦外に出て確認しよう、ということですね。自分が今いる場所が大丈夫だと思っても、周りを見渡せば甚大な被害が出ているかもしれない。正常性バイアスを打ち壊すためにも、俯瞰で物事を見ることは大切です。

多くの人たちは「経験がないので分からない」とおっしゃるんですが、今の時代、映像を見ることで擬似体験ができるんです。トラウマにならない程度の映像を見て、自分の災害への「慣れ」と「想像力」を養っていくことが大事です。動画を見ることで、目と耳を通して災害をおぼえていく。以下の映像は台風のものですが、こんな状況になることを知っていたら、台風が来ると分かると準備や対策をしておこうと思えますよね。

映像はこちらより

とにかく死なない意識改革

「知らぬは許されぬ、知ってるだけでは役立たず、知って動いて生き残り、感謝されてこそ人の道」

これは私の作った標語ですが、講座を受けてもらったたくさんの方々に共感していただいています。災害の対応において、ましてや介護施設などの人の命を預かる場所においては、知らないでは済まされない。しかし、ただ知っているだけでは役に立ちません。知識を活用して生き残ることが、何よりも大事なことです。

緊急時の対応には、2種類あります。

自動車での事故と、飛行機の事故を思い浮かべてもらうと分かりやすいでしょう。自動車で今まさにぶつかる!という瞬間に、マニュアルを見る暇なんてありません。しかし飛行機での事故の場合、操縦士がマニュアルを開いて確認している映像などを見たことはないでしょうか。あれは、墜落を防止するためにできることが残っていて、対応可能な時間があるからこそ可能なんですね。

一つ目は、突発的な事象。地震・津波・火災などは突発的に起きますから「事前」と「事後」にしか確認する時間がありません。

二つ目は、予測可能な事象。台風・落雷・停電・感染などの災害は、マニュアルを確認する猶予が残されてます。

昨今はデータ保存がほとんどですが、例えば停電してパソコンが点かなくなったら?データが飛んでしまったら?そう考えると、緊急時のマニュアルはデジタル・アナログの両方で保存しておくことがベストと言えるでしょう。

そしてマニュアルを作ったとしても、結局、身体で覚えなければ、動けなければ意味がありません。そのために訓練を繰り返し、アンケートで振り返り、課題を抽出して対処していく。命を落とさないために、落とさせないために、しっかりと反復して準備しておくことが大切なのです。

「考えて動く」ことで意識の改革を

いきなり「災害への意識を高めよう!」としても、もちろん実感がなければ高めようがありません。意識を改革するには、継続的に「考えて動く」体験を重ねていくことしかないんですね。それにはやはり、訓練が一番です。

訓練にはいくつかのポイントがありますが、まずは事前周知をして行うほうがいいです。抜き打ちでやるから意味があるんですよ、とおっしゃる方もいますが、例えば災害時の「安否確認」などは、いきなりやることではありません。台風や地震などのキッカケがあって、初めて安否確認を行うことになります。そもそも対応を覚えてなければ抜き打ちでやっても意味がないですから、事前周知をすることでマニュアルを見返す時間を与え、しっかり覚えてもらうところからスタートする方がいいでしょう。

また、介護事業の場合は、仕事を止めるわけにはいきませんから、全員一度に訓練することはできませんよね。だからグループに分けて少しずつでもやっていきます。あとは、多少ダラダラしてたり、予定通りできなくてもOKです。回数を重ねれば、どんどんキビキビとした動きに変わっていきます。

(負傷者を車両に乗せる訓練)
(ベッドシーツを使い、一人で人を運ぶ訓練)
(粉末消化器の噴射訓練)

アンケートを活用すること

そして、訓練後はすかさずアンケートをとりましょう。課題や改善点を抽出し、しっかりと次に活かすためです。またアンケートを記入する過程で、訓練を思い出すことになるので、振り返りにも繋がります。訓練後に限らず、防災に関する取り組みにおいて、アンケートの重要性は高いです。

例えば、BCPを策定する前に、職員の意識調査をするアンケートを行います。

・自宅は洪水・高潮・津波などの危険はありますか?

・土砂災害の危険は?

・災害用の備蓄はありますか?

最終、集計をするんですね。それぞれ何名、何%いたかを集計し、その割合を掲示する。数字が見えることで、自分もやらなきゃ!と思ったりするのが人間なので。数字が低ければ、すぐに取り組まなければいけないし、数字が高ければ、やっていない人は「やらなきゃ!」と思って動くことができます。

想像力を養おう、使おう

BCPの策定をはじめ、災害への備えや対策は、まだ起こってないことに対して、想像しながら仕組みを作り、文書に落とし込む作業です。そのため、想像力・発想力・経験が必要になってきます。

応急手当てが必要な場合、包帯がなくても、キッチン用のラップなどを巻くことで止血できます。その箇所を綺麗に覆い、テープで止めれ、ばそのまま湿潤手当療法になります。物をくっつけて固定させたり、布団をラップで丸めて少し高い座布団にすれば、避難生活も楽になるでしょう。食器にかぶせて使えば、食器洗いの必要がなくなるし、食器洗いスポンジの代わりにもなる。地面に穴を掘り、穴の真ん中にカップを置き、落とし穴を隠すようにラップをかぶせると、土の水分が蒸発してラップの内側を伝ってカップに一滴ずつ水が溜まり飲水が確保できます。ラップひとつでも、想像力を使えばこれだけのことができるのです。

物も、人も、情報も要は使いようです。まず知ること、そして動いて身体に覚え込ませること。専門誌を読んで、見て、聞いて知識を増やしてその後忘れてもいいのです。必ず、緊急事態の時に思い出します。知識はあなたとあなたの周りの命を救ってくれます。

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著書:スタッフ30名以下の介護事業の「防災BCP(事業継続計画)」 通所、入所、訪問の事業所へ防災訓練、BCPの策定支援など約30事業所へ指導経験あり その他、ホテルや工場など一般企業への指導150社以上.商工会議所、商工会、法人会などでの講演多数