再三になりますが、BCPを策定することは、ただただマニュアルを作れという意味ではありません。分からないことを潰し、対応を決め、訓練を実施すること。前回お話しした「ナースコールは停電時でも動くのか?」など、施設の設備点検なども含めて、しっかりと細かいところまで確認し、策定していくことが必須です。
前回ご紹介した、危険の洗い出しと設備の確認・点検が終われば、次は防災訓練ですね。防災訓練には3つのステップがあります。
ステップ1は、主に安否確認と避難を主とした「実働防災訓練」です。
利用者さんの部屋に安否確認しに行き「〇〇さんの部屋は大丈夫なので居室で過ごしてもらおう」といった判断や「▲▲さんはリビングに集まってもらってそこで過ごしてもらおう、毛布は足りるかな、その方々の見守りは誰々さんにお願いします」と指示や連絡をするなど、状況に合わせて実働してもらいながら訓練をしていきます。
また、そうこうしているうちに事態が悪化するケースもあります。介護施設で生命に関わる事態になった場合、たん吸引や酸素呼吸器、AEDなど生命維持に関わる備品を動かす訓練も含めたものです。ここまで細かく、リアリティを持って訓練に臨みます。


ステップ2は、机上でのイメージ訓練です。
会議室に集まって「この場合はどうする?」とディスカッションをしてもらいます。例えば夕方に被災した場合だと、利用者さんによってはお家への避難が可能なケースもあります。お家に人が居る利用者さんは避難してもらうこともできるが、居ない利用者さんの場合はそうもいかない。その場合、毛布は人数分足りているのか。送迎は誰が行うのか。やるべきことは何なのか、その分担をどうするのか。
ディスカッションも慣れていないと、緊急時に確認すべきことや指示命令が上手くできません。想像力を膨らませながら、「この場合どうする?」と様々なケースを考えて、ディスカッションしていきます。

ーーものすごく細かく、ありとあらゆるケースに合わせて対応を考えていくんですね。特にディスカッションの訓練はとても大事だなと感じました。
リアリティを持って訓練しないと意味がないですから。
ディスカッションを通したイメージ訓練では、介護施設に地域の人が避難してくるケースも検討します。地域住民の方が避難してきたらどう対応するのか。地域によっては風評被害に繋がることだってありますし、皆さん大変な状況ですから、門前払いするわけにもいきませんよね。その場合、どういった対応をするのか。キャパシティもありますし、法的制限もありますから、避難してきた人すべてを受け入れることはできません。そういった問題を訓練で放り込むと、だいたい「分かりません」といった場合に行き着くんですよね。その「わかりません」への対応を考えて決めるのが、BCPの策定なんです。
上のケースだと「一時的に受け入れる」という対応になることがほとんどですね。利用者さんの生活が優先なので、受け入れることは可能だが一時的になることを先に丁寧に伝えておく。そういった言葉遣いや気遣いも含めて、このディスカッションを通した訓練で勉強していきます。
ステップ3は利用者さんも巻き込んで、利用者さんと一緒に災害が起こった状況を意識してもらう訓練です。実際に避難したり、一箇所に集まってもらったりと、無理のない範囲で利用者さんと施設の人間が協力して訓練を実施します。もちろん一気に訓練をすることなく、少しずつ参加してもらいます。利用者さんが訓練の内容を記憶していない場合も考慮しておきましょう。
介護施設の場合は、一般企業のBCPのように「どの事業をどうやって回復させるか」ではないんです。やるべきことは決まっているので、それを具体的にイメージして、話し合って、地域の人や周りの人と協力できる体制を築いておく。それが、BCPを策定する、ということです。
ーーものすごく具体的で参考になります。実際、BCPを策定している企業様でも、この記事を読んで「見直しが必要だ」と感じている方はいらっしゃると思います。
実際に「もうBCPを作っておいたよ!」と言われている方も多いんですよ。ただ実際に施設では訓練がされていなかったり、現場レベルまで落とし込めていなかったりする。何度も言いますが、「BCPを策定する」というのはつまり、防災計画をしっかりして、訓練を実施する、という意味です。ただただマニュアルにまとめろ、というわけではありません。自分たちに防災の知識や体験がないのは仕方のないことなので、防災士などプロの指導のもと、細かいところにリアリティを持たせてあらゆるケースを考え、実施していく必要があります。
私の場合はAED(救命講習)の指導ができる資格も有していますので、リアリティのある訓練が可能です。
訓練では、実際に発電機を動かして訓練したり、無線で繋いだ状態で機器を操作したりと、細部にリアリティを持たせています。訓練も防災計画も、体験した人や専門の人の有無で、状況の解像度、鮮明さが段違いです。現状の計画やマニュアルで、本当に何かあった時に「それで人を救えるの?」と再度見直してみるといいかもしれません。
また、被災された方と、支援をした方とでは、視点が違うこともポイントです。被災された方のお話は、あくまで「体験談」なんです。その体験談を伝えることも大事ですが、施設や会社の場合は運営する側の視点も必要です。そういった意味でも、運営する側の視点を持った防災のプロと一緒にBCPの策定を進めていくことが良いでしょうね。
ーー山口さん、ありがとうございます。最後に、記事を読んだ今からでも出来る災害対策について、お伺いしてもよろしいでしょうか。
ランタンや懐中電灯など、明るさを維持できるものを用意しましょう。誘導灯・非常灯に頼るのではなく、最低でも3日分の灯を用意しておくことです。灯りがあるだけで、人の心は落ち着きますから。
また、最低限の電気の確保も大事ですね。自動車のシガーソケットから電力を引き出すものを用意しておくと便利です。電気がなければ酸素濃縮器も動かないですし、緊急の電力の確保は必須です。それが動けば、ナースコールが対応する可能性もありますし。
「生きるための3日分の灯」と「生命維持と通信のための最低限の電力の確保」この2つは本当に今すぐにできます。この記事を読んでいる介護施設の方は今すぐにやってください。
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著書:スタッフ30名以下の介護事業の「防災BCP(事業継続計画)」 通所、入所、訪問の事業所へ防災訓練、BCPの策定支援など約30事業所へ指導経験あり その他、ホテルや工場など一般企業への指導150社以上.商工会議所、商工会、法人会などでの講演多数
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