
忙しい時に自分が行っている介助が「不適切なケア」にあたるのではないか、と不安に感じることはありませんか?また、職場の人間関係が気になって、誰にも相談できずに一人で悩むこともあるかもしれません。
本記事では、不適切なケアの基本的な知識や具体的な事例について詳しく解説します。あわせて、不適切なケアが起こる原因や予防策、実際に見つけた場合の対処法も説明します。
この記事を読めば、何が不適切なケアにあたるのかを冷静に判断できるようになります。ご自身のケアに自信を持ち、職場をより良くするための一歩を踏み出せるでしょう。
不適切なケアの前提知識
ご自身のケアが不適切ではないかと悩むとき、まず知っておくべき大切な知識があります。ここでは、虐待の種類や、不適切なケアについて解説します。
5種類の高齢者虐待
高齢者虐待は「高齢者虐待防止法」によって5種類に分けられています。
- 身体的虐待
- 介護・世話の放棄・放任(ネグレクト)
- 心理的虐待
- 性的虐待
- 経済的虐待
殴る蹴るなどの暴力行為はもちろん、必要な介護をしない、暴言を吐く、本人の同意なく財産を使うといった行為も虐待に含まれます。虐待は利用者の尊厳を著しく傷つけるため、決して許されるものではないと理解しておきましょう。
参考:厚生労働省『高齢者虐待防止の基本』
不適切なケアとは
「不適切なケア」は、法的に虐待に該当しなくても、利用者の尊厳を損なう恐れがある行為です。不適切なケアは、やがて虐待に発展する可能性があることから「虐待の芽」とも呼ばれています。
主な原因として、職員の知識不足や過度なストレスなどが挙げられます。自身のケアを冷静に振り返り、客観的に判断するためにも「不適切なケア」について正しく理解しておくことが大切です。
不適切なケアの事例
日々の忙しい業務の中で、無意識に行っているケアの中にも、不適切とされる行為が含まれているかもしれません。ここでは、不適切なケアの事例を紹介します。
身体的・心理的虐待につながる事例
利用者の行動を制限する行為は、不適切なケアの代表的な事例です。良かれと思ってした対応でも、利用者の自由や尊厳を奪ってしまえば不適切なケアとみなされます。
たとえば「危ないから動かないで」と強く制止したり、職員の都合で車いすに乗せたりする行為が該当します。また、食事を無理やり口に押し込むことや、人前で利用者の失敗を笑うことも、不適切なケアにあたるでしょう。
このような行為は、利用者の心や体に深い傷を残すおそれがあるため、絶対に避けなければなりません。
介護放棄(ネグレクト)の事例
利用者を放置することは、介護放棄(ネグレクト)につながる不適切なケアです。忙しさなどを理由に対応を後回しにすれば、結果的に利用者を危険にさらし、尊厳も損なわれてしまいます。
たとえば、ナースコールにすぐ対応しなかったり「あとで行く」と言ったまま長時間待たせたりするケースが挙げられます。また、トイレに座らせたまま放置してしまうことも、不適切なケアといえるでしょう。
意図的でなくても、ケアの遅れが深刻な事態を招くことを理解しておくべきです。
不適切な言葉遣いの事例
たとえ悪意がなくても、子ども扱いをしたり、命令口調で話しかけたりすることは、利用者の尊厳を損ないます。
たとえば「自分で食べられてえらいね」といった幼児言葉で話しかけることや「〇〇したらダメ」と命令するような口調は、不適切なケアにあたります。また、排泄の失敗を責める言い方や、あだ名で呼ぶことも不適切なケアです。
介護の専門職には、利用者を一人の大人として尊重し、常に丁寧な言葉遣いを心がけることが求められます。
関連記事:言葉遣いで変わる!介護の接遇で失敗しない方法|マナーの5原則とは?
不適切なケアの原因と予防策
不適切なケアがなぜ起きるのか、原因を知ることは予防への第一歩です。原因は個人の問題だけでなく、職場環境にも潜んでいます。
ここでは、ケアが不適切になる主な原因と、職場全体でできる予防策、個人でできる対処法について解説します。
不適切なケアの主な原因
不適切なケアは、一つの原因だけでなく、複数の要因が複雑に絡み合って発生します。特に、職場環境からくるストレス、職員一人ひとりの知識やスキルの問題、そしてチーム内での情報共有の不足が大きな原因として挙げられます。
これらの原因をそれぞれ詳しく見ていきましょう。
職場環境によるストレス
人手不足による業務過多や相談しにくい組織風土は、職員に大きなストレスを与え、不適切なケアの引き金となります。心身の余裕がなくなると、利用者への丁寧な対応や自身の言動を省みることが難しくなるからです。
目の前の仕事をこなすのに精一杯で、つい乱暴な介助になったり、ストレスから感情的な言動をとってしまったりすることがあります。
職員が安心して働ける環境でなければ、質の高いケアは提供できないのです。
職員の知識・スキル不足
介護に関する知識や技術、専門職としての倫理観が不足していると、意図せず不適切なケアにつながります。利用者の病気や背景への理解が浅いと、相手の尊厳を傷つける言動に気づけないことがあるからです。
認知症の症状を正しく理解せずに行動を叱責したり、未熟な技術で利用者に苦痛を与えたりするケースなどが考えられます。
質の高いケアを提供するためには、専門職として常に学び続ける姿勢が不可欠です。
情報の共有不足
チーム内での情報共有が不十分だと、ケアの方針が統一されず、不適切なケアを招く原因になります。職員それぞれの判断で動くことになり、利用者への対応にばらつきが生まれてしまうからです。
たとえば、利用者の日中の様子が夜勤担当者に十分に伝達されておらず、適切な対応が遅れてしまうことなどが挙げられます。
チーム全体で利用者の情報をしっかり共有し、一貫したケアを提供できる体制づくりが大切です。
職場全体で取り組む予防策
不適切なケアを防ぐには、個人の努力だけに頼るのではなく、組織全体で取り組むことが極めて重要です。予防策を3つの側面から解説します。
職場環境・組織の改善
職員が余裕を持って働ける環境づくりは、不適切なケアを減らすために重要です。業務負担が軽くなれば、利用者一人ひとりと丁寧に向き合うことができます。
たとえば、ICTの導入による記録業務の効率化や、人員配置の見直しなどがあります。また、リーダーや管理者が職員と面談し、悩みを相談しやすい雰囲気づくりも大切です。
組織には、働きやすい環境整備に取り組む姿勢が求められます。
職員への教育・研修
職員一人ひとりの知識や倫理観を高めるために、継続的な教育や研修の機会を提供することが重要です。どのような行為が不適切なのかを正しく学び、専門職としての意識を再確認する必要があります。
不適切なケアの事例検討や、認知症ケアに関する研修などが有効です。これにより、職員は自身のケアを客観的に振り返り、改善点を見つけられます。
質の高いケアを提供するためには、学び続ける組織文化を育てる必要があります。
コミュニケーションの促進
職種を超えて活発に意見交換できる体制は、ケアの質を高め、不適切なケアの予防につながります。多角的な視点から利用者を理解し、チームとして最適なケアを考えられるからです。
介護職、看護師、相談員などが集まるカンファレンスを定期的に開催してみましょう。同僚同士で気軽に相談し合える雰囲気づくりも、職員のストレス軽減に役立ちます。
チーム全体で課題解決に取り組む姿勢が、質の高いケアを生み出します。
個人でできるセルフチェックと対処法
まずは自分自身のケアを振り返り「もしかして不適切かも?」と疑問を持つことが改善の第一歩です。無意識に行っている自分の言動に気づき、改めることで、不適切なケアを未然に防げます。
東京都福祉保健財団が作成した「虐待の目チェックリスト」などを用いてセルフチェックしてみましょう。もし気になる点があれば、接遇マナーの基本に立ち返ることが大切です。
「自分がされたらどう感じるか」と考えてみるのも有効です。一人で抱え込まず、自分のケアに疑問を感じたら、同僚や上司に相談しましょう。
参考:東京都福祉保健財団『虐待の芽チェックリスト(入所施設版)』
不適切なケアを見聞きしたときの対処法

職場で気になるケアを見つけたとき、どうすれば良いか悩むものです。人間関係を考えると、声を上げるのは勇気がいるかもしれません。しかし、利用者を守るためには適切な行動が求められます。
ここでは、不適切なケアを見聞きしたときの対処法を解説します。
職場内で報告・相談する
不適切なケアに気づいたら、一人で抱え込まず、職場に報告・相談することが大切です。個人の問題としてではなく、チーム全体の課題として取り組むことで、根本的な解決につながるからです。
まずは信頼できる同僚やリーダーに話してみましょう。看護師や相談員など、ほかの職種に相談してもいいでしょう。
なぜ不適切なケアが起きたのかを皆で考え、より良い方法を共有することで、職場全体のケアの質が高まります。勇気を出して声を上げることが、利用者だけでなく、職場全体を守ることにもつながるのです。
外部の専門機関や相談窓口を活用する
職場内での相談が難しいと感じた場合は、外部の専門機関や相談窓口を活用しましょう。介護施設には、市町村へ通報する義務があり、公的な機関が相談先として定められています。
お住まいの市町村の担当窓口や、地域包括支援センターが主な相談先です。これらの機関は、警察や医療機関などとも連携しており、専門的な視点から対応を考えてくれます。
職場外にも頼れる場所があることを知っておくだけで、心の負担が軽くなるはずです。
通報の流れと注意点を把握する
虐待が疑われる行為を発見した場合、介護の専門職には市町村へ通報する義務があります。通報後の基本的な流れは以下のとおりです。
- 発見者が市町村の窓口へ通報する
- 市町村が事実確認を行う
- 市町村から都道府県へ報告する
- 市町村と都道府県が連携して対応する
通報を行う際は、まず利用者本人の安全を最優先に考え、迅速に対応することが重要です。一人の担当者だけで判断せず、組織全体で対応しましょう。
参考:厚生労働省『高齢者虐待防止の基本』
不適切なケアに関するよくある質問
不適切なケアについて、具体的な状況でどう判断し行動すべきか、迷うことも多いでしょう。雇用形態や難しい状況によって責任は変わるのでしょうか。
ここでは、現場でよくある質問にQ&A形式でお答えします。
パートでも不適切なケアの相談・通報はできる?
雇用形態に関わらず相談や通報ができます。高齢者虐待防止法では、介護施設で働くすべての人に、虐待が疑われる場面に遭遇した場合の通報義務が定められているからです。
パート職員であっても、気になるケアを見聞きした場合は、上司への相談や市町村の窓口への通報が求められます。
利用者からのハラスメントが原因の場合は?
利用者からのハラスメントが原因であっても、不適切なケアや虐待は正当化されません。利用者との関係で強いストレスを感じる場合、個人の問題ではなく、チーム全体で対応すべきです。
たとえば、上司に相談して担当を変更してもらったり、複数人で対応する体制を検討したりするなどが挙げられます。
一人で抱え込まず、組織として解決策を探すことが、利用者と職員の双方を守るために不可欠です。
自分の家族が不適切なケアを受けていたら?
ご家族が施設で不適切なケアを受けていると感じたら、市町村の担当窓口や地域包括支援センターに相談・通報してください。国民には、虐待の疑いを発見した場合に通報するよう努める義務があると法律で定められています。
施設との関係悪化を心配する気持ちはわかりますが、ご家族の安全と尊厳を守ることが最優先です。通報すれば、市町村が施設への立ち入り調査などを行い、客観的な立場で事実確認を進めてくれます。
一人で悩まず、公的な窓口を頼ることが問題解決への第一歩です。
まとめ
自分自身のケアが不適切なのではないかと不安に思うことは、利用者を大切にしたいという気持ちの表れです。不適切なケアを見かけたら、一人で悩まず職場へ報告・相談しましょう。
まずは、ご自身のケアのうち一つだけ「もし自分がされたらどう感じるか」を考えて、振り返ってみてください。その小さな行動がケアへの自信を取り戻し、利用者や同僚との信頼関係を育むきっかけになります。
日々の気づきを大切にすることで、あなたも職場のケアをより良くする存在となり、誰もが安心できる環境を作ることができるはずです。
防災⼠の詳細はこちら
証券会社勤務後、広告代理店兼防災用品メーカー勤務。経営管理部を立ち上げ、リスクマネジメント部を新たに新設し、社内BCP作成に従事。個人情報保護、広報(メディア対応)、情報システムのマネジメント担当。NPO事業継続推進機構関西支部(事業継続管理者)。レジリエンス認証の取得、更新を経験。レジリエンス認証「社会貢献」の取得まで行う。レジリエンスアワードとBCAOアワードの表彰を受ける。現在では、中小企業向けBCP策定コンサルティング事業部を立ち上げ、コーディネーターとして参画。