介護事業者のBCP策定シリーズ【第5章】 あなたの施設・従業員を守るためにやるべきこと

山口 泰信
令和3年度の法改訂において、介護業におけるBCP(事業継続計画)の策定が義務づけられました。BCPとは、自分たちの組織や施設が、その目的や重要な役目を継続するため、事業や作業・サービスを提供し続けるための事前計画のことです。
前回に引き続き、具体的にBCPで策定すべき項目について確認していきましょう。
裏山、斜面
目に見えて分かる危険ですが、裏山があったり斜面に建物がある場合も、想定される被害を事前に把握しておきましょう。
ある地域の特別養護老人ホームでは、土石流で1階の山側のガラスが破壊され、行き場のない土石流により施設内の水位が上がりました。スタッフが反対側(谷側)のガラスをイスで破壊して水位を下げ、90名が2階に避難しましたが、死者が数名出たという被害もあります。
また、急斜面の土地に杭を打って建物を建てている場合、その杭が岩盤まで到達しているかどうかを確認しなければなりません。しかし、岩盤層そのものが地下水の影響を受けたり傾斜したり割れたり経年劣化することも考えられます。例えば、大阪市内にある天満橋砂礫層は25m〜38mの深さまで杭を打てば信頼できるようである、とのデータがあります。施設の建築・設計についても、BCP策定を機に把握しておきましょう。
天満砂礫層について
https://www.gsj.jp/data/chishitsunews/85_04_04.pdf
ため池
近年、ため池が決壊する災害が増えています。降水量が多くなったこと、長時間連続して降ることなど天候の影響もありますが、ため池のほとんどは江戸時代などの農業用水でかなりの老朽化が進んでいることも理由に挙げられます、香川県や兵庫県によく行きますが、本当にため池が多く、全国的にも瀬戸内地区に多く存在するようです。ため池は雨が上がった後に決壊するケースもありますから、ため池を確認したいところですが、豪雨時に見に行っては流されてしまいますから、事前にため池ハザードマップでリスクを確認しておきましょう。
コンクリート造りになっていても、越水氾濫によりえぐられ決壊することが写真で分かります。「地名 ため池ハザードマップ」でネット検索すると、その地域のため池決壊時のマップを見ることができて浸水の深さや到達時間を確認できます。施設の近くにため池がある場合は、確認しておきましょう。
参考リンク:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230704/k10014117861000.html
従業員自身が自宅のリスクを調べることの大切さ
前回から続き、これまで様々なリスクを調べてきましたが、施設のみならず、スタッフが自分自身で自宅のリスクを調べることが基本です。自分の住んでいるところにどのようなリスクがあるのかを自分で確認し、地図をスクリーンショットするなどして、ハザードマップのExcelなどに落とし込み資料化しておきましょう。スタッフ同士でやり方を教え合うことで、防災意識の継続にも繋がります。
名称 | Aさん | Bさん |
住所 | 〇〇県〇〇市 | 〇〇県〇〇市 |
標高 | 2.4m | 2.6m |
地震の震度予測 (地名+地震予測) | 6弱 | 6弱 |
地震の確率(j-shis)5弱 | 89.1% | 88.6% |
5強 | 78.7% | 78.8% |
6弱 | 64.0% | 59.5% |
6強 | 25.9% | 18.7% |
津波 m( 分) | なし | 0.3~1.0m(216分) |
浸水深30cm到達時間 | なし | 180分 |
液状化(4段階) | かなり高い | かなり高い |
洪水 m | なし | 0.5m未満 |
河川名称 | なし | 〇〇川 |
ため池浸水 m( 分) | なし | なし |
ため池名称 | なし | 鎌田池(心配) |
土砂災害・雪崩災害 | なし | なし |
土地の成り立ち | 埋立地・海岸低地 | 埋立地・元水部 |
以下に、災害リスクを把握するために便利なサイトを紹介しておきますので、ぜひ有効活用してくださいね。
▼J-shis 地震ハザードステーション
(複数箇所●プロットできる 30年以内地震の確率5弱~6強・地形区分などカルテ情報)
https://c-emg.yahoo.co.jp/notebook/contents/article/activevolcano190418.html)
▼ハザードマップポータルサイト
(洪水・高潮・津波・地形分類・液状化・道路防災情報)
▼ハザードマップの作り方 動画×5本
(BCPJAPANのブログページ)
https://www.bcpjapan.jp/blog/p=4213
▼浸水ナビ(洪水の時間と浸水深)
介護事業所の避難は、まずスタッフだけで行う
介護事業所の避難訓練は、慣れるまでは実際の利用者様を参加させるのではなく、スタッフだけで実施しましょう。昼間のスタッフの多い時間帯の訓練と、夜間当直のスタッフが少ない時を想定した訓練も昼間に行うと良いでしょう。
火災訓練のポイントは以下の3つです。
①119番通報(消防機関へ通報する火災報知設備の確認)
自動で行う設備がある場合、通報の後に消防署から返信がきますが、返信できない状況の場合は消防署は自動的に出動します。火災放置設備の確認や、通報の対応などをしっかり決めておき、実際に訓練しましょう。
②初期消火のスピード
たった2分30秒で、火は人の高さまで燃え上がります。天井に到達(4~5分)した炎を消すことは困難です。この2分30秒の間で初期消火ができるかどうかが重要となります。秒数に直すと150秒しかありませんから、消火器の使い方などを調べている暇はありません。スタッフ全員が何も見なくても消化器を扱えるように訓練しておきましょう。
③避難誘導
介護事業所の火災避難訓練は、平屋建てでは外への避難となりますが、2階以上の建物の場合は地上への避難よりその階の一時退避場所へ避難するコトが優先されます。誘導する場合は、火元に近い利用者様から順番に非常階段の踊り場スペースまで誘導することを繰り返し、一人一人を地上まで誘導せず近隣住民などへ大声で応援を頼むようにしましょう。
参照:東京消防庁(限られた人員による 入居者の円滑な避難のために)
https://www.fdma.go.jp/mission/prevention/items/manual.pdf
洪水や津波の避難としては水平避難か垂直避難を判断
水平避難(立退き避難)とは、今いる場所から別の安全な場所へ向かう避難方法です。対して垂直避難とは、今いる建物の高い安全な位置に向かう避難方法です。例えば、水害の浸水想定が4mとハザードマップでわかっている場合。2階建の建物であれば、水平避難を早めに決断し行動します。3階建の建物であれば、垂直避難を選択する場合がありますが、想定外の浸水、または建物そのものが倒壊・流出する可能性もありますから、やはり早めの水平避難が推奨されます。
被災のイメージを緻密に行い、役割を決めて訓練に臨みましょう。事務所で通報役・お風呂介助役・お風呂介助される役・食事介助する役・食事介助される役・ケガ人役・応急手当役・搬送役・生命維持装置取り付け役などなど、役割は多岐に渡ります。また、ひとりが複数の役割を果たす場合もあるでしょう。配役を変えて何度も行うことで、利用者様側の気持ちも分かるようになります。(利用者の参加はものすごく慣れてからにしてください。訓練がトラウマになる場合があります)
下の資料は、新潟市が出している避難限界時間の判定ソフトへのリンクです。ぜひ活用してみてくださいね。
避難限界時間の判定ソフト(ダウンロード可能)
https://www.city.niigata.lg.jp/kurashi/bohan/shobo/oshirase/jigyosha/hoanfb20150203.html
TOPの指示がなくとも動ける体制を日頃から確立
訓練時に大切なことは、施設長がいなくても、緊急時対応を普段の仕事のようにオペレーションできるようにしておくことです。一回の訓練で役割を変えて何回も繰り返しましょう。まずは、施設長は施設長役をすることから始めて、その後は利用者様役など他の役もこなし、自動参集者は施設長役を交代で実施します。トップの指示がなくとも動ける体制作りを行う、これが訓練の目的です。
自動参集の周知と意識向上
自動参集とは、災害が発生した場合に、連絡が通じなくても、任命された施設長やスタッフが本人の判断で自動的に事前に決めている参集場所へ参集し対応を行うことです。公共交通機関は停止する可能性が高く、車での参集も渋滞や通行止めなどで困難であるため、徒歩・自転車・バイクなどがおすすめです。
ただこれはあくまで本人の判断によるものであり、施設法人側が強要しないことが重要です。もちろん自身と家族の安全が確保されない限り出勤は難しいので、そのあたりをしっかり周知しておくようにしておきましょう。BCPへ記入する場合は「自身と家族の安全が確保でき、通行可能な場合に参集すること」との文言を明記しておくことが必須です。
備蓄品の紹介
次に、備蓄品について紹介していきます。
何を用意したらいいか分からない一人暮らしの方は、水と米とレトルト食品を2週間分ローリングストック(先入先出し)してください。お米の場合だと、2袋買ってきて、1つ無くなったら1つ補充する形ですね。つまり、常にストックがある状態にしておくことです。

食料に加えて欠かせないものが照明です。”あかり”がもたらす安心感は想像以上です。ローソクの炎や焚き火は、真っ暗な中でもなぜか心を落ち着かせてくれます。災害時は、電池式やバッテリー式のライトで代用します。予備の電池が多くあればあるほど安心です。
あらかじめわかっている災害への事前対策
転倒防止・飛び出し防止、飛散防止
地震などの災害による不安やストレスを軽減するための事前対応としては、転倒防止と飛び出し防止がすぐできる対策となります。
転倒防止と飛び出し防止を行うと、地震の轟音と壊れる音、落下する音でパニックになることを防げます。お茶碗、コップ、キャビネット、タンス、本棚、冷蔵庫、靴箱、電子レンジ、オーブン、洗濯機などを固定しておくといいでしょう。
洗濯機は、転倒によって水道蛇口につないでいるホースが切れると水浸しになります。洗濯機を固定する、または洗濯機用ニップルストッパー付き水栓に変更しておきましょう。洗濯乾燥機、洗剤を置いている台が転倒すると液体洗剤・粉末洗剤・漂白液が散乱し、混ざると危険なガスを発生させてしまう場合があります。水回りに限らず、危険物や重いものはできるだけ低い位置で管理しましょう。
医薬品庫、サーバー、モニターなども全て転倒防止の対策をしてください。壁が石膏ボードの場合は、壁を部分的に板材や厚ベニヤなどで補強して固定具で固定。コンクリートに壁紙が貼ってあるなど、穴を開けたくない場合は、その部分の壁紙を剥がしてから強力両面テープの固定具で止めるなどの対応ができます。
転倒防止対策は少なくとも年に一度は確認を
突っ張り棒タイプは、設置した瞬間はしっかり固定されますが、2ヶ月もすれば天井を押し上げることと家具や什器をゆっくり押し下げることでかなりの確率で緩くなりますので、必ず締め直しが必要です。
両面テープ固定タイプは、見た目には外れていないけど、温度や湿度の影響などで緩くなってしまい役に立たない時があります。固定器具そのものを揺らすか、家具や什器を実際に軽く揺らしてみることで確認できます。

https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/hp-bousaika/kaguten/handbook/
対策を講じても、家が壊れるレベルの地震では、ガラスが割れ天井が落下し、あらゆる物が倒れて、壁も剥がれ壊れて家が倒壊します。しかし転倒防止対策をしておけば、転倒までの時間を少し伸ばすことができます。そのほんの数秒が命を救うことだってあるので、転倒防止と飛び出し防止、飛散防止は必ず行いましょう。
その他、家具の固定方法については長くなるのでこちらでは割愛します。詳しくは、ぜひ本書に書いていますのでぜひ読んでみてくださいね。(本へのリンクを挟む)
通路確保・電気配線の考え方
通路を確保することは通常業務を安全に推進する上でも、非常事態の時でも常に重要なことです。
例えば、廊下幅が1.8メートルの場合。居室内、事務所内、テーブルとテーブルの間の通路幅は幅80センチを確保しておきましょう。
もしキャビネットや下駄箱、タンスのようなものが倒れてきたとしても80センチの隙間があれば、緊急時に車椅子がぎりぎり通れるので避難経路になります。避難通路はしっかりと確保することが必要です。消防のチェック時や保健所からのチェック時だけ通路を確保して荷物や段ボールを倉庫に押し込み、チェックが終わった後に元の不安全状態に戻るのは避けましょう。
電気関係が原因の火災は、毎年5,000件以上もあります。足元の配線やネットワークの配線などがデスクの後ろでくちゃくちゃになっていないでしょうか。10センチ以上の直径のループ形に巻き、軽く留めてフックで掛けておくなどの対策をしていきましょう。また、配線タップは床より20センチ以上高い部分で壁に固定しておくことをおすすめします。
防災⼠の詳細はこちら
著書:スタッフ30名以下の介護事業の「防災BCP(事業継続計画)」 通所、入所、訪問の事業所へ防災訓練、BCPの策定支援など約30事業所へ指導経験あり その他、ホテルや工場など一般企業への指導150社以上.商工会議所、商工会、法人会などでの講演多数
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